想像を超えるグラブ

グラブづくりの工程において、一番始めにやらないといけないのは“想像すること”だとアディダス・グラブ・アドバイザーの佐藤和範氏は言う。
「選手がどんなグラブを求めているのかをより具体的にイメージするんです。使う人は十人十色、千差万別ですからね。注意しているのは、そこに作り手のエゴは押し付けないこと。選手の要望に合わせて、こちらが変われることがグラブ職人としてのこだわりです。選手から求められているものを作る。ですから一番始めにやらないといけないのは、イメージすることなんです。そして、そのイメージに沿って革を選び、裁断、縫製へと進んでいきます」
では想像する際に、どんな風にしてイメージを膨らませているのか。
「選手の言葉、あとは選手の癖でしょうか。どんな風にグラブを使っているのか、その選手のプレーを観察し、参考にするんです」
35ほどのパーツを用い、おおよそ10もの工程を経て完成するグラブ。これらすべての工程をたった一人で手がけている佐藤氏にとって理想のグラブづくりとは。
「理想的なものづくりとは、予想を上回るものをつくること。想像を超えたものをつくれると、人に感動を与えられるからです」

1mmを10倍にできると精度があがる

「私はもともと野球少年でした。誰もがそれぞれに憧れの選手が存在して、野球に夢中になった時代ですから。それでも高校を卒業して、一般企業に就職し会社員になったんです。転機は21歳のときです。野球への憧れを捨てきれない自分がいて、でも今から選手としては現実的ではない、そこで用具づくりに想いを変えた。30年以上も前の話です」
その後、グラブづくりにおける師匠であり、グラブ職人としての道を決定づける人物と出会う。
「当時は、技術を身につけることに精一杯でした。でも、不思議と先代からの教えで印象に残っているのは、技術そのものではなく、むしろ心のあり方でした。“色めがねをかけてものをみるな!”だとか、“自分がかならずしも正しいわけではない”、あとは“1ミリを10倍にしてみろ!精度があがるぞ”なんて言葉たちが今でも私の襟を正してくれるんです」
丁寧さと正確性こそがグラブ職人・佐藤和範の一番の魅力だ。
「ものづくりにおいて、当たり前のことを当たり前に行い、すべての行程で基本に忠実に作業をすることは不可欠です。でも人間ですからね。一個、一個、毎日違うんですよ。だから、どうしても感情が出てしまうこともあります。体調が悪い日、気分が悪い日、ときに負の感情が表にでてしまうこともあります。では、どうしているのか。平常心を保つ一番の特効薬はプレーしている選手をイメージすることです。心が落ち着くんですよ」
まだまだグラブづくりには発展進化する可能性がある、と佐藤氏は言う。
「これはこれでいいんや、と思ったら止まってしまうんです。だから妥協はしません。選手の想像を超え、喜ばせてやりたいんです」

ゴールデングラブ賞を7度受賞し、球界を代表する内野手として活躍した井端弘和選手。2015年シーズンで現役を引退し、今後はコーチとして選手をサポートしていく。選手生活を長きに渡り支え、思い入れの強い道具であるグラブ。井端選手にとってのグラブとは、どんな存在だったのか。
「僕にとってグラブとは、手の一部なんです。その考えは学生の頃から変わっていませんね。固めの革が好みで、その固い革を馴染ませ、少しずつ手にならし、自分だけのカタチを作るんです。それを丁寧にやっているだけで守備がうまくなったように錯覚することもありました」
何ものにも型取られていないグラブを自分の手と一体化させていく作業は、守備練習と同等。芯のあるグラブを作り、ひとつのグラブを長く使い続けることこそ重要だとも語る。

―グラブに欠かせない要素とは、何でしょうか。

「革質の良さ、しっとり感、そして丈夫さ。ひとつでも足りないと使い続けられないんです。アディダスのグラブは、そのすべてを満たしてくれていました」
学生時代から現役引退まで一貫してきたグラブとの付き合い方は、ある種、多くのファンの目に焼き付く井端選手の堅実なプレーそのものだ。芯のあるグラブを作る作業が、芯のあるプレーを数々生んできたといっても言い過ぎではないのかもしれない。

―守備をするときに大切なことは何でしょうか。

「常に打球が自分の所に来ると思うこと。その日のコンディション、球場によって、色々な打球が来ることを想定して守っていましたね」

―ずばり、井端選手の守備論とは?

「シンプルだと思うんです。捕り方どうこうではなく、まずエラーしないことが最も重要です。ボールは捕りに行くものではなく、グラブに入れるものなんです。ですから、常に自分に打球が飛んでくることを想定しておくこと。これはレベルや世代を問わず、誰しもが心がけることができます。グラウンドでは、慌てない、動じない。そして派手さや見栄えではなく、難しい打球を淡々とこなすこと。守備とは“楽して守るもの”ではないかと。チームメイトに安心感を与えられる内野手でいることが最も重要だと思うんです」

2014年の年末。神宮室内練習場、193安打という前人未到の新記録を樹立した山田哲人選手はアディダスベースボールの広告撮影に参加していた。強いオーラを放ちながら、どこか親近感のある子供のような笑顔をみせた。Tバッティングの撮影、いつもと変わらないルーチンでボールを打ち始める。そして10種類以上もあるTバッティングを淡々とこなす。

―2014年、どんな年でしたか。

最初の質問だった。彼は自然に、そして謙虚に振り返り始めた。
「新記録は素直に嬉しいですね。でも、これが来年も続くのかどうかは正直不安です。相手チームは分析もしてくるでしょうし、マークもされる。1年だけだったと思われないように準備することが大事だと思ってます」
山田選手は、すでに2015年のイメージと準備を始めているようだった。

―打席ではいつも何を考えているのですか。

「タイミングを合わせて打つ、これに尽きますね。とにかく速い打球を打つことを意識していて、それができると、ヒットが増えるんです。正直、ピッチャーとのかけひきなど難しいことは考えていないんです」
彼が心がけていることは、基本的なことでしかない。その基本的なポイントに集中しているのだ。撮影を終える頃、この日最後の質問となった。

―目指していることは何ですか。

「とにかく早く一流と呼ばれる選手になりたいです。一流と呼ばれている選手は本当にすごいレベルなんです。そのレベルに行くために毎日取り組むだけ。とくにTバッティングは何があっても絶対にやめないです。これを続けて結果を出したので」
撮影後、近くにいたスタッフとキャッチボールをし、室内練習場を後にした。
2015年初春、グラウンドに向かう山田選手と話す機会があった。シーズンが開幕し、ゴールデンウィークに差し掛かる頃、山田選手は不調だった。

―今年の目標を教えてください。

「今年は3割30本30盗塁です。実際に無理じゃない数字だと思います。キャンプでもそういう意識でやってきましたから」
去年の栄光はすでに置き去りにし、さらなる飛躍を試みようとする強い決意があった。

―開幕して1ヶ月半、調子はどうですか?

「悪くはないんです。強い打球は打てていますから。開幕当初は、外角のストライクゾーンがボール半個広くなった感覚で気になりました。ようやく対応できてきています。ここからペースあげてきますよ」
翌日、山田選手はプレーボールホームランを放ち、夏に向かうにつれ、ヒット、ホームラン、盗塁を量産し始める。それから数ヶ月後の撮影、質問する前に山田選手から切り出す。
「この夏で5kg減りました。夏だから仕方ないですけど、踏ん張りどころです。チームも良い感じで戦えていると思います。この8月が勝負です」
30分ほどのインタビューを終え、すぐにグラウンドに飛び出し相変わらずTバッティングを続けた。どれほど疲れていても、この準備を怠ることはない。試合で崩されたバッティングフォームを再確認して矯正するためでもあるという。
9月、優勝決定戦が続く頃、山田選手はトリプル3を確かなものとした。試合の度にスポーツ紙の一面を飾った。ホームゲームの直前、ロッカールームでインタビューをした。

―トリプル3を確定させた心境は?

「自分が目標としていたことが実行できた。というぐらいです。それよりも、チームが優勝できるところにある。3番打者として、チームにどこまで貢献できるか?ということを考えてやっています。毎試合、チームミーティングもしっかりやっていますから」
明らかに、個人の目標を語る時より、チームの勝利を語る瞬間の目が輝いていた。足早にインタビューを切り上げると、たくさんの報道陣に囲まれながら室内練習場へ向かい、加熱する周囲の喧騒をよそに、いつものTバッティングを黙々とこなしていた。
それから数日後、山田選手はセリーグ優勝を決め、神宮球場のファンを熱狂させた。打率.329、38本塁打、34盗塁。若き最強打者、いったいどこまでいくのだろうか。

2015年9月、ペナントレースも終盤にさしかかった頃、自らの足型を計測するという目的で則本昂大選手はアディダス本社に訪れた。アディダス ジャパンには、アスリートのカラダを精密に分析する“アスリートサービス”という秘密の施設がある。そこでの計測を終えると、則本選手は静かに話しを始める。マウンド上で見せる気迫は消され、穏やかな雰囲気をまとっていた。
「正直にお伝えすると、もっと結果を出した状態でここに来たかっという思いです。もっと良いピッチングをしないといけませんね」
不満足な気持ちはそのまま言葉として発せられる中、使用しているギアに関していくつかの質問に答えてくれた。
「僕はアディダスというブランドが好きで気に入って着用しています。パフォーマンスを求めるプロダクトも、カジュアルなラインのオリジナルスもどちらも好きですね」
しばらくすると、自然と話は則本選手のピッチングに戻った。

―ご本人としてはもっと勝てるという思いが強いと思います。それでも奪三振の数はやはり多いですよね。

「先発ピッチャーを任されているので、絶好調じゃない時でもどのようにゲームを作っていくか。粘り強いピッチングを意識しています。試合中の要所と感じる場面では丁寧にかつ大胆に攻めるようにしていますね」

―ずばり、良いピッチャーとは?

「どれだけ調子が悪い状態においても、試合を作れる投手のことだと思います」

―では、その安定したピッチングをするために必要なことはなんでしょうか?

「自分のコンディションをできるだけ早く察知し、把握する力というのが必要だと思います。客観視できる余裕も大事な要素だと考えています」
最後にこの質問をぶつけてみた。

―2016年はどのようなシーズンにするか、もうすでにイメージはあるのでしょうか?

「来年は200イニング以上、25登板以上、150奪三振以上、10完投以上、防御率2.50以下、勝率.659以上、そして15勝以上というのが明確な目標です」
2015年、則本選手は215個の三振を奪い、最多奪三振賞に輝いた。日本代表でも活躍し続ける若きエースは、2016年に向けて明確な目標を語り、席を立った。